今から10年ほど前の話です。
その日は、日曜日で天気も良く家族で札幌から小樽までドライブをすることになりました。札樽自動車道の小樽インターチェンジで降りて、臨港線を通る予定でいました。
臨港線に入って最初の交差点で信号が赤になったので、私たち家族が乗っている車は減速し、前に止まってる一台のバイクの後ろにつきました。バイクに乗っているのは若いカップルのようで、信号が青に変わったら右折するようです。
車の後部座席に乗っている私は、ぼんやりと前に停車中のカップルのほうを見ていました。
私「あぁ~、カップルだ~!二人乗りだね。」
別に珍しい光景ではないのですが、なぜか声に出して言っていました。すると横に座っていた当時中学生の息子が、
「いや、二人じゃない!三人だ。」
と言うのです。バイクで三人乗りなんて聞いたことがないし、二人しか座れないようなバイクにそんなスペースがどこにあるのか…。
私「バイクに三人は無理でしょ。」
息子「いや、三人だよ。二人の間見て見てみぃ。」
よーく見てみると、二人の間に二歳くらいの青い長靴をはいた男の子の足が見えました。
私「ああ、男の子だね。あんな小さい子をバイクに乗せるなんて信じられない親だね。しかも三人乗り。振り落とされたらどうすんだろう。」
危険すぎる。二人の間に乗せるから安心できると思っているんだろうか。この若いカップルはいったい何を考えているのか。
次第に怒りがこみ上げてきました。
信号が青に変わったので、私たちの車は右折のために停止しているバイクを右手に見ながら前に進みます。
追い越しざまに、乗せている子供が大丈夫なのか、カップルの間にいる子供を見てやろうと思いました。
「いったい、どんな乗せ方をしてるのか?」
そう言いながらバイクの真横の位置に来たときに見てみると、二人の間にいるはずの男の子の体はありませんでした。二人の間にそんな隙間などありません。
「???」
「ええっ!!」
それがなんなのかを理解できたとき二人で同時に「ぎゃー!」と大声を上げてしまい、運転中の夫にうるさいと言われてしまいました。
子供は、霊だったのです。
夫は、あまりこういうことは信じないタイプで、何かの見まちがいだろうというのです。
でも、私も息子も見たものはまったく同じもので、答え合わせをするように確認し合いました。
「靴はいていたよね?」「うん。」「青い長靴だよね?」「うん、うん。」「むっちりした素足に長靴はいてたよね?」「同じ。」「顔や体は見えてないけど男の子だよね?」「そうだよ。」
私「同じだ!見まちがいじゃないよ。二人で同じもの見てるもん。」
夫「なんか、段ボールか何かを見まちがえたんじゃないの?」
のんびりした口調で言っている。
私「バイク乗るのに、二人の間に段ボール挟んで乗るってどんな状況なの?そんな人いるかな。否定する理由が苦しすぎ…。」
息子「二人乗りの間に段ボールを挟むって…。(笑)訳わからん。」
時々、夫は私たちの体験談を否定するために、いつも全力でこのような苦しい理由を考えるのですが、そちらの話の方がずっとずっと無理があるような…。否定に夢中になりすぎてもう滅茶苦茶です。
私たちが見た男の子は、多分、あのカップルの間にできた子供。生後すぐに亡くなったか、何かしらの事情でこの世に生まれてくることが出来なかったのでしょう。そして、親になるはずだったカップルのバイクにこうして、いつも乗っているんだと思いました。
息子も私と同じように感じたようです。
あのカップル、きちんと供養してあげたのだろうか…。楽しそうにバイクに乗っているけど子供が乗ってますよと、伝えたい気持ちにもなりましたが、私たちの乗っている車はあっという間にバイクを抜き去り、前に進み始めました。